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ビジネスマインド

#1 私が動画プロデューサーに転身した理由

「さとみさんってなんでネイルで成功してたのに、動画の仕事に転身してるんですか?」

って最近めちゃくちゃ聞かれるので、今日はその話をしていきたいと思います。

遡ること24年前。

(遡りすぎw)

16歳の少女さとみは「つまんない」というどシンプルな理由で高校を辞め無職引きこもりをしていた。
1年ほどフラフラしていたが、趣味でやっていたネイルチップ制作が仕事にできると母の助言があり、体験入学を経て大阪のネイルスクールに入学した。

それが、私の人生のスタートラインだった……と言いたいところなんだけど、正直そんなドラマチックな話でもなく。笑

スクール在学中は結構楽しかったんだけど、私は元々器用な方でもなく、
難易度の高いネイリスト検定1級に何度も落ち続け、
とうとう1級に合格できないまま卒業する羽目になった。

試験に落ち続けること、4〜5回。

まあ今だから笑えるんですけど、3回目くらいから
「あれ、私この試験何回目だっけ」みたいな感覚になってくるんですよ。マジで。笑

だから正確に何回チャレンジしたかは、今もよく覚えてない。笑

卒業後も「スクールに入り直す」という制度があることすら知らなかったので、
独学でなんとかなるだろうと自主練習だけで受け続けたけど、もちろん惨敗。

このままじゃまずい・・・とは思いつつ、
当時はまだネイルスクールが今みたいにあちこちにある時代でもなかったので
ネイル雑誌の広告で東京のあるネイルスクールに遠方の生徒向けの「寮」があることを知り、
「東京のスクールで、ちゃんと合格したい。二週間だけ寮のあるスクールに行かせてほしい」
と親を完全に騙して(笑)、上京した。

というのは表向きの綺麗なエピソードで、本当のところは当時付き合っていた彼氏を元カノに略奪され、同じ空気を吸いたくない=こんなクソ田舎の町からさっさと出て行きたい と思ったのが本当の本当です。

で、その二週間の滞在中に住む場所を決め、就職先も決め、

そのまましがみつく形で東京に居座り続けて今に至る。

関西にはいまだに帰る気はない。笑

毎日怒られていた新人時代

初めて勤めた渋谷道玄坂のネイルサロンでは、技術がとにかくひどかったです。

うん、酷かった、私。

予約は押しまくる。クレームはくる。怒られる。
毎日怒られる。

当然オーナーにも嫌われていた。

客層も渋谷のギャルとキャバ嬢、風俗嬢ばかりで、
夜10時まで営業していてあまり風紀の良いサロンではなかったから疲弊していた。

でも、やめなかった。

悔しかったから。

怒られるたびに「なんで私はできないんだ…」ってなるんだけど、それが逆に燃料になってた。
落ち込むより先に「絶対うまくなってやる」「見返してやる」が来てたんだと思います。

その後、より技術を磨ける環境のサロンへ移り、
国内・海外コンペにも出て、トロフィーもいくつももらって、
JNA認定講師の資格も取り、ネイルの世界にどっぷり浸かりきっていた。

それが私の20代。割と充実してた。

転機は出産後

やがて私は良き年齢で結婚して、子どもができた。

妊娠中から専業主婦に飽き飽きしており「産んでも仕事は続ける」と決めていて、
産後もベビーシッターや託児所を使いながら復帰しようと動いていたんだけど。

赤ちゃんがいて思い通りに働ける環境って、

マジでない。

マジで、ない。

サロンの雇用は面接以前に問い合わせ時点で断られる。
週1〜2でやっていたスクール講師もやんわり縮小される。
もっとガンガン仕事したいのに、こんなに私はエネルギーに満ち溢れているのに、

どこにも行き場がない。笑

そして、考え抜いた結果・・・

どこも雇ってくれないなら・・・

じゃあ自分でやるしかないか。

そんな感じで「しゃーなしに」独立したのが、私の起業人生の始まりです。

志とか夢とか、そういうのは一切なく。
道はそれしか残されてなかった。

消去法で起業せざるを得なかったのです。

だから今でも私、経営者というより現場寄りのプレイヤー気質が抜けないんだと思う。

なぜか閑古鳥が鳴く店

で、せっかく貯金を叩いてかけて店を出したのに。

お客さんが来ない。

予約が入らない。

なぜだ。

スキルも経験も実績もある。
その時点でネイリストとしてのキャリアも10年を超えていたわけで、自信だってある。

でも、サロンワークからしばらく遠ざかっていた私には、
再開を待っていてくれるお客様なんていなかった。

しかも出産前に元夫の転勤で茨城に移住していたので、知り合いもゼロ。

「こんなにいいネイリストがここにいるのに、誰も私のことを知らない」

と、絶望した。

自分で「こんなにいいネイリスト」って言うのもどうかと思うけどさ笑

見よう見まねで始めたSNS

せっかくネイルスクール・ネイルサロンをオープンしたのに誰もこないから、
まあ暇だし、時間はたっぷりある。

でも来月の家賃は払わないといけない。

でも売上はまだゼロ。

まずい。

貯金もない。

サンプルなんて作ってる場合じゃねえ!と、ネットで「ネイルサロン集客」「集客方法」などで片っ端から検索し、齧り付くようにPCに縋った。

その結果、分かったことがあった。

私、集客活動、
したことない。

これまで働いていたお店は、百貨店や商業施設の中にあったので、
何かのメディアに掲載しなくても、待ってれば店の前を人が通りすがり、
チラシを渡せばそのまま飛び込みで予約なしの施術なんかもできていた。

でも、私の今の店は

誰も店の前を通りすがらないし、

誰も「空いてますかぁ?」なんて声をかけてくれない。

当たり前ですね。

マンションサロンだもの笑

そこから、自分で集客活動をしなければと気づき
HPを作り、ブログを作り、インスタアカウントを作り、
見よう見まねで発信をスタートしたのです。

(今のインスタアカウントも、そのときからのものです。)

アメブロとインスタでは、スクールの生徒さんを集めたくて、
すでにインスタでご活躍している先生たちがたくさんいらっしゃる中で
どうすれば目立てるかをひたすら考えた結果、

「検定の合格ポイントや練習方法を、短い動画にして出し続ける」

というのをひたすらやった。

当時はiPhone Xくらいの時代で(ホームボタンありのスマホw)、
インスタも動画にギリギリ対応し始めたばかり。画質も劣悪。
SNSでは禁忌とされている「投稿に金額をガチで書く」とかも普通にやってた。

ネイリスト検定1級対策:30時間 300,000円(税込)
お申し込みはブログから!

…今見るとなかなかやばいな。笑

でもそれでも、ハッシュタグ流入とかで見つけてもらえて、
あっという間にスクールが繁盛していきました。

発信って、すごいな、と思った瞬間だった。

SNS発信に人生を救われた

そこから今に至るまで、私は発信を8年続けてます。

常にお客様や仲間との出会いがあり、常にSNSを主戦場として売上を作ってきました。

そして私自身がピンチのときも、チャンスのときも、落ち込んだときも、

私の発信を見ていてくれる人がいて、応援してくれる人がいたのです。
それが、ずっと走り続けられた理由だと思う。

離婚したときなんか、DMの通知が止まらなくて。
突如繋いだインスタライブで「離婚することになって」って泣いてたら、
夕方なのに80名以上の人が見にきてくれて。笑

「ああ、私大丈夫だ」って思えたんですよね。

こんなに応援してくれる人がいるなら頑張れると。

また最近だと、半年前くらいに児童相談所に通報されたときも(笑)
ヒヤヒヤしてたし、正直めちゃくちゃ動揺してたんだけど、たくさん励ましてもらいました。

「何かあっても、私らしく戦おう」

私はSNS発信に、何度も人生を救われてきた。
本当に、そう思う。

じゃあそんな私がなぜ、ネイルの先生をやめて

動画プロデューサーに転身したのか?

そのお話は、次回へ続きます。楽しみにどうぞー!

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行動しない人に時間割けないのでw